学び方の学び方
「ドラゴン桜」といぅ漫画があります。
第29回講談社漫画賞を受賞したりとなかなかおもしろい作品でして、私も連載当初から楽しく読ませていただいていたりしていますが。でもってこのへん作品論なんぞ展開すると、そりゃぁもぅおじさん語っちゃうよー、ってことになりかねない勢いなんですが。
でもまぁ今回言いたいことはそこではないので。
この作品のキモは、
ってことを軸に、具体的な手法と、その手法がいかに納得できるものなのかの裏づけを、これでもかと言わんばかりに詰め込んであるところだったりします。
でまぁ読む側としては、「なるほどこんな学習法があったのか」「なるほどこの学習法は理にかなっている」なんてところに知的興奮を感じるんですけどね。
私が学生の頃は、学校の授業ってのは「覚えるべきことを説明する」場だったよぅに思います。
目の前に「覚えるべきこと」を並べてもらえるところまではやってもらえるんですけどね。
それをどぅ自分の中に取り込んでいくかの作業については、各自が編み出していかなければならなかったんですね。
今思い返すと、デキる奴は自分なりの学習法を持っていたよぅに思います。
当時の私は九九のように丸暗記するくらいしか方法を持たなかったために、英単語も歴史の年表も頭に入りきるはずもなく、テストのたびに轟沈していったもんです。
さて、プログラムを作れるよぅになりたい、と思い立った時にどぅするか。
入門者用の書籍を当たる、雑誌を読む、インターネットで検索する、直接/間接的に人に聞くなんて方法があるあたりまでは思いつくんでしょうけど。
どんな時にそれらのリソースを使い分け、そのリソースから得た情報をどう料理していくか、そこから応用の効く知識としてどぅ自分の中に取り込んでいくのか。
この「学習法」が身についていない限り、情報だけ入手してもその場限り、下手をするとその情報をどぅ活用していいかわからずに終わってしまう、なんてことになる可能性が高いです。
実はこの「学習法」、教えるほうも気づいていないケースが多いよぅに思います。
特に独学自力でプログラミングスキルをモノにしてして来た人に多いんですが、何度も失敗や挫折を繰り返しながら自分なりの学習法を身につけたために、自分に学習のしかたのノウハウがあることを自覚していない場合がけっこぅあります。
あるいは、ある程度自覚はしていても、経験則の積み重ねで得てきたために自分の中で整理ができず、したがって他の人にノウハウとして提供できなかったりもします。
これはもぅ職人の世界だなぁ。嫌いじゃないですけど。
まぁそんなわけで、いろんなプログラムを作れるようになるためには、そのプログラムを作るための情報を入手するだけではなく、その情報を入手する方法そのもの、入手した情報を知識として習得する方法、習得した知識を応用する方法などの技術を身につけなければいかんと思うです。
今すぐ身につかなくとも、少しずつそーいぅ部分を上達させていかなければならんといぅことに気づいてほしいです。
教える側も、学ぶ側も。