(61) 次男のしあわせ
世の中すんごい方はいっぱいいるわけで。
なんであいつら(←ちょっとやっかみ)あんなにスゴいんだ?と不思議に思っていたらなんのことはない、仕事サボったり(^^;)寝る時間を削ったりしてヒトよりもいっぱいガンバっているからなのでした。
なんだそのくらいなら私にもできらい、ってことで、みょーなところで思わぬ励みができてしまったさるですこんばんは。
もっとも「できらい」と思ぅだけならホント誰にでもできるわけで、その証拠についさっき決意したはずの自分がもぅ睡魔に負けそぅですごめんなさい私が悪かったです。
さて。昨年の春の話になりますが。
保育園を卒業することになった次男が、アレなりに感謝の気持ちを表したくなったらしくて。
「保育園に自分のおもちゃをあげる」と言い出しました。
まぁ確かに、保育園でお気に入りだったブロックなんかも自宅に買い揃えちゃったりしていたので、あげればそれなりに喜んでいただけそぅな気もしたんですが。
しかしそれなりに高価なものだったこともあり、矛先を変えようと「おまえが描いた絵をあげれば、先生は十分喜ぶよ」とかなんとか諭してみたり。
クリスマスも間近い頃。
今度は、へぇボタンキーホルダーがほしい、と言い出しました。しかもふたつ。
聞けば自分の分だけではなく、長男の分もほしいのだと。
じゃあお兄ちゃんとおまえに1個ずつな、と言ぅと、そうではなく自分がふたつほしいのだ、そして自分が兄にあげたいのだ、と。
同じことじゃないか、とは思ったんですが、それで納得するならいいかと次男にふたつ買い与え、次男から長男へ渡してもらい。
何を考えているのかはっきりしたのは、今年の正月。
就学したせいもあり、今年のお年玉は次男にもけっこぅ来ました。
すると奴は、家族中に、「ほしいものがあったらオレに言いなよ、買ってあげるから」とくり返し言うようになって。
奴が自由になる金を手に入れた時に一番最初にやったのは、人にあげるものを買うだったんですね。
自分の子供がどんな奴なのか、成長とともに少しずつわかってくる。って不安と喜びは、子を持った親御さんなら同意いただけるところだと思ぅんですが。
ウチの次男は、人にものをあげたがりな奴だったんです。人が喜ぶのを見て自分も嬉しい、といぅ。
今までずっと、「人にあげることのできる自分の持ち物」ってのを奴は持っていなかったんですね。
「親に買い与えられた、他人にあげてはいけない自分のもの」しか持っていなかったんです。
だから。
保育園への感謝は親に禁止され。
兄へのクリスマスプレゼントは親にねだるしかなく。
今年のお年玉で、よぅやく奴は「人にあげることのできる自分の財産」を持ったんです。
すごいな。と思いました。人が喜ぶのが自分の喜び、って。
おとぅさんはおまえをそんな子に育てた覚えはありません。
私は若い頃、人になにかを施すことが偽善のよぅに思えていたシニカルな時期がありました。
人を喜ばせたって、それで自分も嬉しいなら結局それは人のためではなく自分のため、自己満足なだけじゃないかと(^^;)。
まぁ大人になるにつれ、自己満足が目的であろぅと人のためになるならいいじゃないか、と自分に折り合いをつけたんですが。
そんな屁理屈なんかどぅでもよかったな、と、次男を見ていて思います。
とにかく人になにかしてあげられるのが嬉しくてしょうがない、といぅ思いがありありで。
損得抜きで、全身全霊で「なにかほしいものはない?」と聞いて回る次男を見て、単純に「その想いは正しい」と納得しました。
おとぅさんはおまえを尊敬します。
この感性がどんな大人に育つのか、ものすごく楽しみです。
とりあえず、頼むから死ぬまで幸せな人生であってくれ、と祈っとくことにします。
ちなみに。
ウチの子供らはスーパーマリオフリークで。(いゃ長男は最近カービィに傾いていますが。)
ので、お年玉をもらった時、次男はなんだかがっかりしていました。
聞けば、札ではなく硬貨でもらいたかったとのこと。あっコインか!?コインがほしいんだなおまえは!
お年玉の発行元である私の妹は、苦笑いしながら500円玉に換金してくれました。
次男の財布は今、数十枚のコインでぱんぱんになっています。虎の財布がデブっています。ちょくちょくコインを財布から取り出してはいくらあるかを数え直し、うふふうふふと悦に入っています。
単にお金が持てて嬉しいだけなのかなーといぅ気もしてきましたよ(-"-;)。